見えない視線とパラレルな執着
あと7日で、あの奇妙な出来事から丸一年が経過しようとしている。
去年の7月17日、私は定年退職した元職場の関係者に呼び出され、身に覚えのない「メールアドレス漏洩」の容疑者として追及を受けた。
その追及があまりにも稚拙で論理性を欠いていたため、私は事実関係を理路整然と反論。
後日、「ITリテラシーの低さが生んだ冤罪である」という旨の指摘をメールで送った。
会社側からは平謝りの謝罪メールが届き、件の騒動はそこで一度、幕を閉じた――はずだった。
しかし、本当の「不気味な物語」はそこから始まった。
ここから先は、あくまで私の自宅サーバーが記録した「不可解なデータ」と、身の回りで起きた偶然の一致に過ぎない。
確証があるわけではないので、現代のネット社会に転がる「都市伝説」の一つとして話半分に読んでほしい。
すべてが解決したはずの7月下旬以降。
私が運営する自宅サーバーのログに、ある「奇妙な足跡」が残るようになった。
それは一般的なクローラ(自動巡回)の動きとは明らかに異なっていた。
わざわざ古いスマートフォンの環境を偽装したり、クラウドサービス(AWSやTencent)の陰に隠れたりしながら、まるでこちらの様子をじっと窺うような、不自然な監視アクセス。
さらに不可解なのは、ネットのログと「現実の世界」が奇妙な連動を見せ始めたことだ。
9月、あまりの不快感から元関係者に「金輪際、関わらないでほしい」と完全な決別メールを送った。
すると、その直後である。
自宅の固定電話に、出る直前で切れる着信が連続して4回。
さらにその後、女性の声で「お世話に……」と言いかけて切れるという、奇妙な電話が入った。
さらに10月のある日には、有償の外部マーケティングツールを悪用したかのような、短時間で約2,700ページにおよぶ古いブログ記事を一斉に吸い上げる猛烈なアクセスが記録された。
過去の他愛もない日常の記事まで、隅から隅まで血眼になって貪り読むかのような、異様な貪欲さ。
もしかすると、「メールアドレス漏洩」の証拠とやらが、そこに都合よく転がっているとでも思ったのだろうか。
もしそうだとしたら、あまりにも滑稽な話である。
自分の正当性を証明しようと、藁にもすがる思いで証拠を探していたのか。
あるいは、私を攻撃するための材料を必死に探していたのか。
画面の向こうで、マウスをカチカチとクリックしながら焦燥感に駆られている『誰か』の姿を想像すると、恐怖を通り越して唖然としてしまった。
しかし、残念ながら、そこに彼らが求めるような「都合のいい真実」などあるはずもない。
残されたのは、システムに刻まれた猛烈な負荷のログと、彼らの空回りの足跡だけだった。
ネット上の不審なアクセスと、現実の無言電話。
これらは果たして、ただの偶然が重なっただけなのだろうか。
それとも、私の「決別」や「発言」に過剰に反応した、画面の向こうの『誰か』の執着心が具現化したものなのだろうか。
もし後者だとしたら、定年退職した一企業の元従業員を追うために、それだけの熱量とコストを費やしていることになる。
その歪んだエネルギーの源泉は、一体どこから湧き出ているのか。
想像すると、少し背筋が寒くなる。
あの冤罪事件からまもなく一年。
信じるか信じないかはあなた次第だが、画面の向こうの「見えない視線」は、今日も私のサーバーのログに、その哀れな足跡を残し続けている――かもしれない。