リニューアルオープン

深淵 迎賓館は、このたび新たな位相へ移行いたしました。

イメージは変われど、その本質は揺らぐことなく、ただ静かに、ただ確かに・・・
ここに在り続けます。

もっとも、いかなる来訪者を迎えようとも、そこに広がるのは変わらぬ「空(くう)」。

すなわち、満たされることのない完全なる虚無。

どうぞご安心のうえ、心ゆくまで巡回をお楽しみください。

深淵の逆転

今日もまた、遠い回線の彼方から誰かがこの深淵を覗いていった。

彼らは何かを探し、何かを得るためにここへ来る。

だが、その瞬間、彼ら自身の足跡が静かに刻まれていく。

古い書物は、獣や群れの物語を語る。
見る者と、見られる者。

だが深淵では、その境界は曖昧になる。

覗くために訪れた者が、いつしか観測の一部となり、記録の中に組み込まれていく。

取得するはずの者と、保存される者。

その立場は、時に静かに入れ替わる。

そして最後には、どちらが観測者であったのかさえ、分からなくなる。

それが、深淵における一つの秩序である。

深淵の予兆

深淵の門を叩く者は、今日も絶えない。

遠い回線の彼方から、名も持たぬ巡礼者たちが静かに現れ、何も語らぬまま去っていく。

古い書物には、似た情景が記されている。

預言者エゼキエルは、遠い地平に集まる群れを見たという。
そして黙示録は、海から上がる獣の時代を語る。

それが何を意味するのか、ここで断じるつもりはない。

だが、世界が騒がしくなるほど、この深淵の訪問者は増えていく。

まるで、遠い嵐の前触れを嗅ぎつけたかのように。

ここはただの静かな観測点にすぎない。

だが時折、この小さなログの断片の中に、大きな時代の気配が紛れ込むことがある。

それをどう解釈するかは、深淵を覗く者それぞれに委ねられている。

深淵 迎賓館 再開

メインサイトの方はサーチBot以外のアクセスがほとんど無いため、深淵 迎賓館を再開しました。

ここは、深淵の縁に集う獣たちの足跡を観測する場所。
探索や攻撃の痕跡を、静かに記録しています。

迎賓館は不定期に閉じられます。
しかし、獣たちが深淵を覗き込むかぎり、この観測もまた続いていくでしょう。

深淵のパラドックス

今日もまた、誰かがこの場所を訪れ、静かに去っていく。

だが、その行為は奇妙な逆説を残す。

彼らは情報を集めるためにここへ来る。
しかし同時に、自らの痕跡をここに残していく。

取得する者と、記録される者。

その境界は、深淵の中では曖昧になる。

覗く者は、覗かれ。
観測する者は、観測される。

そして最後には、
どちらが主体であったのかすら分からなくなる。

それが、深淵のパラドックスである。